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こんにちは。さようなら。こんにちは。

8月21日
読了時間: 3分

更新日:8月21日

お盆で帰省するとき、突然、息子のマヒロが不思議なことを言いました。



息子「まひね、落ちて死んじゃったの。脚とお腹がぐわぐわぐわになったの」




妻「え……。まひろはそれでママのお腹に来たの?」




息子「(お腹を指さしながら)そう。クモがいっぱいだった」




俺「そうか。けど、もう今はここにいるから平気。もう思い出さなくていいよ」






そこで、その話は終わりにしました。



私、元来スピリチュアルなお話が大嫌いでした。

青森まで行ってイタコの人にお金を払って、死んでもいない人を降霊させたり。


廃墟に行きまくったり、心霊スポットに行きまくったり。

そんな舐めた若造でございました。



ところがどっこい、40歳を境に、いきなりスピリチュアルな出来事がいろいろ起き始めました。

そんなことが五年も続くと、嫌でも「信じる派」になりました。


この五年間の物語を語るには映画三本分くらい必要なので、そこは置いておきます。


というか、今となっては信じる、信じないという感覚でもありません。

普通にそういうものは存在するんだな、と。


自然の一部みたいに受け取っています。

Wi-Fiとかレーダーとか、見えないっしょ?

けど、あるっしょ?

そんな感じ。




なので俺は、息子の言葉を信じました。


ただ、もし前世でそんな苦しく悲しい出来事があったのなら、わざわざその記憶を掘り起こしたくはない。


だから、その話はそこでおしまい。


子供あるあるなんでしょうけど、何もない場所に向かってバイバイしたり、仏壇の上の方を見ながらバイバイしたり。

まぁ、産まれたばかりですし。

あの世とこの世の繋がりが、まだ強いのかもしれません。



この世にまた降り立ったのであらば、今世は実に充実した、学びと気づきのある一生にしてほしい。

俺はその手助けをさせてもらうんだな、と。




厨二病いわく。


「人間がこの世に生まれてきた理由なんてない。意味なんてない。勝手に自分で意味を作って、そして死んでいくんだ」


全て分かったつもりの阿呆が宣う常套句でございます。


俺も、その一人でした。


「科学的なものしか信用しないぜ!」


って、科学者でもない人間が言うんです。



でも、世界がそんな単純なわけないんすよね。



科学を突き詰めていった先にすら、俺たちの日常感覚では到底理解しがたい世界が広がっているらしいです。


量子力学なんて、その最たるものなんでしょう。


世界を細かく細かく調べていけば、最後には単純明快な答えに辿り着くのかと思いきや、むしろ、


「そもそも現実って何なんだ?」


というところに戻ってきてしまう。



科学者と哲学者は、突き詰めると神と対峙するらしいんですが、なんか少しその気持ちがわかります。



はてさてはてさて。



乱文になりましたので、最後に言いたいことを。



なぜ産まれてきて、何のために生きるのか。


いろんな考え方がありますが、今の俺は、



「知ること。そして理解すること。そしてそれを伝えること」



なのかな、と思っています。



あれよ?

「神とは何ぞや」とか「仏とは何ぞや」とか、そういう話じゃない。


見えない存在を必死に追いかけることでもない。


そんな存在は多分、俺らとはレベルが違いすぎるので、ちっぽけな俺らは俺らで、目の前に出された問題を一つずつやっていけばいい。




見る。


知る。


考える。


理解しようとする。



そうやって生きていれば、勝手に思考は働く。


昨日まで見えなかったものが、少しだけ見えるようになる。


それを大事な誰かに伝える。



そうやって人間は、ほんの少しずつ真理みたいなものに近づいていくんじゃないでしょうか。



少なくとも今の俺には、世界はそんなふうに見えています。




画像引用元:日本アートアニメーション

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