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ゆめゆめ責任を持ちますよう願います

8月18日
読了時間: 4分

成功者かく語りき。


「夢を諦めるな。」


俺からしたらなんだそれ。無責任すぎません?って感じなんです。


成功者の体験談は、いいレンズで撮影され、いい具合に編集されて世に流れる。


「諦めなかったから今の自分があります」


なんて言われると、


「そうか! 諦めちゃダメなんだ! 俺もやるぜ! うひょー!」


となってしまった犠牲者もいるんではないか。



もちろん、夢を追った時間や労力が、

「あの経験はのちに生きるぜ」

というポジティブさに変換できるなら、それでいい。


しかし全員がそうなるとは限らない。


夢中になって走っていたら十年経っていた。さらに走ったら十五年経っていた。

気がつけば年金の催告書のデザインがだんだん激しくなり、最終的には差し押さえが来るかもしれん。



成功者はそこまで面倒を見てくれない。

「夢を諦めるな」と言った彼は、他人の年金を支払ってはくれない。



特に芸術家の類は超厄介。


成功法というものが、ほとんど確立されていない。

SNSなんかではマーケティングの広告や記事をよく見かけるがそれ読んだら売れるわけでもない気がする。


だって売れてもない人達の予想が書いてあるんだから。


医者なら医学部に入って国家試験を受け、研修をする。

弁護士なら司法試験がある。パイロットにも免許や訓練がある。

もちろんどれも超大変な道なんだろうけど、少なくとも「どちらへ歩けばいいのか」はある程度わかる。[山頂まで2km]みたいなどのくらいの道のりなのかもきっとある程度把握できるんだろう。


「よし!まだいける!」なのか「山頂はいっか。帰りにラーショ(ラーメンショップ)あったいね?寄って帰ろうぜ!」なのか。



ところが音楽家や画家や役者なんかは、目標までの道のりがかなり不透明だ。

歌がうまくなれば売れるわけでもない。

いい曲を書けば売れるわけでもない。

ライブを百本やれば売れるわけでもない。


一万人に聴かせれば、そのうち何人かが必ずファンになるという保証もない。

努力と結果の間に、とんでもなくデカい「知らん」が存在している。


神のみぞ知る、いや、神も知らんかもしれん。


恐ろしいのは、

「あとどれくらいやれば届くのか」

が誰にもわからないことだ。

あと一年なのかもしれない。あと十年なのかもしれない。

そもそも一生届かない人間の方が多いんではなかろうか。



だから俺は「夢を諦めるな」なんて無責任な言葉に寄りかかったことがない。

功した人間は、


「諦めなかったから成功した」


とは言える。

しかし、

「諦めなければ成功する」

とは言えない。



似ているようで、まったく違う。



そもそも世の中に出てくる体験談は、だいたい成功した人間のものだ。

三十年間諦めずに続け、結局どうにもならず、静かにやめていった奴のインタビューなんて、あんま流れてこない。


夢を諦めることを「敗北」と呼ぶのも、もうやめにしよう。


夢を諦めのにも勇気がいる。よく決断した。


汝英断なり


続けるのも自分。

やめるのも自分。


夢を諦めるな ではない。

夢を諦めるのを人に任せるな くらいが健全な考え方だと思う。


俺の夢ですか?

たくさんあります。

そのうち一つが「有名になってお金もちになる!」なんてことじゃなく、


納得した音に少しでも近づく

その音を聴いて誰かの歯車と自分の歯車がいい感じの方向へ回る



ってことです。けどさ、前にも書いたけど、俺は運がいいんだ。 こんなんでも満足している。夢のような人生だと思う。今まで総じて俺は幸運な人間だ。


そんな俺がわがままで音を鳴らさせてもらっているんだなと感謝至極。


ご先祖様、仏様、神様、心より感謝します。


そしてお前らにも感謝だこの野郎。





なんかふさわしい写真をアップしようとしたんですけど、何もないのでなんとなく15年くらい前のメンバーの写真とその時の乗っていたSR400をあげておきます。







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