イエロースタッズ結成当初の話
更新日:9月15日
2003年、23年も前になるんですね。これ。
結成の話の前にその頃の私めの状況を軽く書きます。
その当時私は赤羽に住んでいました。
居候していた彼女の家を出て、同じ赤羽に引っ越しました。
家賃は風呂無し20000円。
公園の水道でシャンプー。携帯、電気、ガス、水道の順で止まるのは日常茶飯事。
絵にかいたようなダメな生活を送っていました。
今考えればとんでもない馬鹿野郎な青年で、とにかく自分は特別な人間だと心底勘違いしておりました。
人と違うこと、人と違うセンス、人と違う仕事、人と人と、、、
「俺は普通じゃないぜ!俺はビッグになる男だ!えっと、こうなんか、わかんないけどビッグになる男なんだ!この世界の主人公は俺だ!うるせぇボケ!ぶっ殺すぞ!」みたいな青年でした。
今では思い出したくない程の馬鹿野郎でした。
もう迷惑をおかけした人たちに超謝りたい。
そしてその当時の私の部屋には何だかわからないけどいろんな人が住み着いては旅立っていきました。安くて汚くて狭いのに。
その中の一人に実の兄がいました。
生活も性格も破天荒な人間で突然
「ちょっと金たまるまで住まわせてくんねぇ?」と二千円とワニ革のトランクだけ持ってやってきたのを覚えています。
ある日その兄が
「こんなつまんねぇところにいないでよ、高円寺来いよ。やばい奴らがたくさんいるぜ。まじで。」
と。
今となっては居候の分際で何を偉そうに語っているのかと思いますが、そんなこんなでまぁ顔出してみようかな、と。
ただ何か理由が要るな、バイト変えるか。
そこでなぜか兄にモンテローザグループの「魚民」を勧められたんです。
理由は12時間働けば金なんかアッという間にたまるぜ!
そんなやべぇ働き方ができんのはモンテっしょ!みたいな理由でした。
そこで現ベースの植田と出会うことになるのです。
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ベース植田は誰からも好かれるいわばアイドル的な存在だった。
いつも笑顔で仕事も出来、まさに自分とは正反対の存在だなと思ったのを覚えています。
入った当時の私は特に誰から好かれるわけでもない暗さ、恰好は意味の分からないパンタンロンに、もう高円寺で買ったのが決定のクレイジーシャツ、底の空いた安物の古い革靴、そしてクルクルのパーマ。
そして中二病みたいな感じで斜に構えてなんかスカした奴だったと思います。
そこにはNという俳優を目指しているホール担当のイケメンがいた。
植田、Nというツートップでホールを回していた。二大巨頭みたいな感じ。
そのNという男は一個下の癖にタメ語だし偉そうだし、バイト二日目で喧嘩になりました。
そこで天使のような笑顔で仲裁に入ったのが植田だった気がします。たしか。
(うわー、何この人、すごく優しいじゃない。この人いるんだったらもう少し続けてみようかしら)と思ったんですよね。
とにかく癖のある人間しかおらず、社員も訳アリの癖のある人間だらけ。
新卒の社員はおよそ半年で消えるのが普通のような、そんな職場でした。
バイトを始めてから2年くらい経ったのかな、とにかく仲良くなるのに時間がかかりました。そしてある日、植田が「同居人いるけど、家くる?」と言ってくれたので明け方5時半に当時のマンションに行きました。
そこで元ギターの奥平と出会うんですよ。
信じられないかもしれないですが、当時の奥平はとんでもなくイケメンでおしゃれだったんですよ。なんでか知らないけど自信もあり頼れるお兄さんみたいな感じ。
「おう。よろしくな!」みたいな感じでした。
そして植田と奥平が彼らの高校の同級生サイモンを私に紹介してくれることになったのです。
奥平「俺らの友達にやばい奴がおんねん。俺と植田とそいつでバンド組んでたんやで」
私「え、そしたら俺の友達にビリーさんってのがいて、酔いどれだけど超ギター上手いよ。」
ってことで当初のイエロースタッズのメンバーが集結したんです。
Drums:サイモン 破天荒そのもの Blankey jet cityが大好き。
Bass:植田 モテモテのアイドルベース Blankey jet cityが大好き。
Guitar1:奥平 おしゃれでイケメンのギタリスト Blankey jet cityが大好き。
Guitar2:ビリー 鹿児島出身の生粋の酔いどれブルース青年 ラグタイムなノリが大好き。とにかく私に色々な事を教えてくれた人。
パート未定:野村 なんか楽しそうだし、なんでもいいからやります。ビョークとTOOLSとかが大好き。基本人間が大嫌い。
そしてみんなでワイワイ集まって練習して、私のパートがKeyとVoになったんです。
中野のどこかの居酒屋でみんなでバンド名を決めることになりました。
サイモン「なんか鋲みたいな、とがった感じがええな。」
誰か「鋲って英語でスタッズ?」
サイモン「じゃぁそれ決まりや。」
誰か「日本人だしイエロー?」
サイモン「そしたらイエロースタッズで決まりやん。」
植田「あー、ええかもな。イエスタって略せるし、響きもいいし。」
イエロースタッズに決定!!という運びになりました。この時に植田が思っていたことが現実になりました。本当にみんなイエスタって略してる。うん。
サイモン「そしたらみんな革ジャンでやろうや。ロックやし。」
ということで各々持っている革ジャンを持ち寄って初ライブをやることになったんです。
場所はその当時おしゃれの最先端を行っていた『恵比寿みるく』。
その当時の恵比寿みるくはなんか、イケている人間がこぞってみるくみるく言っていた記憶があります。
なんかすげぇファッションしたかわいい女の子が
「え?わたし?今みるくの店員~」
「みるくでオールしてさ~」
みたいな調子こいた会話の中には必ずと言っていいほど「みるく」がふんだんにちりばめられていたの覚えています。
もう自分は緊張しまくりですよ。元々緊張しいなので、ピアノの発表会の比じゃないくらい緊張しました。とにかく練習したのを覚えています。
とにかくぶちかましてやるぜ!的なノリだったのを覚えています。
言葉悪いですけど、バンドする若者なんて大抵ダサいんですよ。
あとクラブで調子こいてる若者なんて大抵ダサいんですよ。
総じて、人と違う方向に行こうとする若者は大抵ダサいんですよ。
調子に乗って背伸びするし
馬鹿だから無知なのにいろいろ突っ込むし
なんか破天荒=イケてるみたいなところあるし
悪いこと=かっこいいみたいなところあるし
とにかく驚くほど恥を知らないのです。
馬鹿、故に無敵。無敵、故に残酷。
そして例外なくイエロースタッズも恥を知りませんでした。
もう今書きながら恥ずかしくて独り言が多くなっています。
ふわーーー。ひゅーー。恥ずかしー。。。タイムマシンほしーーー。
って言いながら当たり障りなく書いてます。
そして本番当日。
なぜでしょうか、すんごいお客さんがいます。
緊張という言葉を知らないサイモンが先陣を切り、革ジャンの若者たちがステージへ。
きらめく照明。そして爆音。意味もなくとりあえず盛り上がる若者たち。息ができないほどのタバコの煙。
一曲目が終わり、メンバー全員暑くて革ジャンを脱ぎました。
ダサすぎる。
なぜ盛り上がったのか知らないが、ライブは無事なのかわからないけど終わりました。
そしてギターのビリーが言いました。
ビリー「ギター二本要らなくない?俺やめるよ。」
みんな「あ、ほんと?そっか。うん。了解。」
そして数か月が経過したとき、リーダーサイモンが
サイモン「なんかもっと女にウケる売れ専の音楽やりたいわ。太一、そっちでベースやらへん?」
といってまさかの売れ専と思われるナースコールというバンドを立ち上げました。
植田と奥平は漢気溢れた音楽が好きだったのでこの話は断っていました。
奥平「ナースコールってなんやねん!だっさ!」って言ってました。
だからよくよく思い出すと、あっという間に結成して、アッという間に活動休止になったんです。イエロースタッズって。
その時の私は音楽ができればどんな形でもよかったと思っていたのですが、イエロースタッズの練習も進めたいなと思っていたので植田に言いました。
私「植田君、いつスタジオ入る?」
植田「え?太一イエスタやめたんじゃないの?」
私「え、やめてないよ。やろうよ。」
じゃぁ、、、ドラムどうしよっか。ってことでイエスタの初期を構築した男、ドラム木村が登場することになりました。
若さってすっぱくて、苦くて、コメディーみたいで面白いよね。

<左から植田、野村、奥平、木村>




ここまで引きつけておいて「これでおーしまい!」はないですよね……?
続編、お待ちしております。
イエスタ、結成当時の話、面白い‼️
人の縁って面白いですよね…偶然なんかじゃなくて必然なんだってやっぱり思ってしまう😊若さゆえ〇〇いっぱいありますよね…笑
続き、聞かせてくださいね❤️