
野村式※乱文にて失礼
- 4 日前
- 読了時間: 3分
才能という言葉。
これ多くの人が「生まれ持った資質、能力」をイメージしているように思う。
だがね、磨かれて開花する能力も【才能】と呼ぶに相応しい。
そして大事なのは前者後者どちらにせよ、周りから評価されて初めて【才能】と呼ばれるってこと。
さてイエロースタッズのメンバー全員、
「生まれ持った才能なんてない」って言うと思います。みんな好きなものを磨いてただけです。別に偉くないです。好きでやってきた事なんで。
ありがたい事にお客さんがいてくれるからこれはもう「磨いて開花させた才能」という類に入ると思います。
今日俺がライブにスーツ忘れちゃって奥さんが持ってきてくれたんです。そしてそのままうちの子がライブハウス初デビュー(ディナーショーは済み)したんです。
よほど楽しかったみたいで家では太鼓をドンドンドンドン叩いてるんです。
そして明らかに上手くなってる。
ああ、こうやって人は小さな才を磨いていくんだなとしみじみ思いました。
俺が残念だなって思う瞬間に知人、友人が
「無理だな。やりたいけど才能ないし。」というセリフ。
やりたいって思った事に生まれ持った才など関係ない。下手でいい、ブサイクでいい、まずやれ。って思います。
人様の迷惑にならないならやれ。
歌え、鳴らせ、作れ、描け、踊れ。
試してもないのに諦めるならイライラするから俺に言うな。俺はおせっかいだからウズウズするんです。そういうの。
「不可能だ」というマインドはマジで勿体無い。
換算したら500万円くらい落としてしまっている。金になんなくていい、趣味でいい。人生を輝かせる為に遊ぶんだ。って自分は思いながら暮らしてます。
この世にある文明は全て「不可能を可能にした奴ら」が造っている。
その天才たちは無理というイメージなんて微塵もなかったのだろう。
もしやりたいって気持ちがあるならいつかやりましょ。
自分は前世ってのはあると思っています。
前の生、前の前の人生、そのまた前の前の人生の記憶とやらはどこかしらに存在すると思ってます。
その記憶が血に混ざっているのか、細胞に混ざっているのか、魂が記憶しているのか、はたまた次元が違うところにあるのかは知りません。が、こんだけ生きていると不思議な経験ばかりするのでそんなことを思う様になりました。
「前回、いいとこまで行きましたね!今度はさらにハイスコアを目指しちゃってくださいよ!」って感じで今世に生まれおちたのか、
もしくは「お前マジでダメだな、、、もっと徳を積みなおしてこい。」って感じで生まれ落ちたのか、どちらにせよ私たちは繰り返してるんです。
何度も何度も。多分。まぁ、そう言うことにしましょう。
多分みんなとんでもない長い時間、人生を送ってきているはずなんです。だから何かしらの小さな才の原石を持ってるはずなんです。そして本能はそれに反応してきたはずなんです。
「やりたい」という感情。それがサインだったはず。
神様みたいな存在が「ほら、チャンスだ。どうする?やりたいんだろ?」って機会をくれていたのかもしれない。
ちょっとやって辞めるんでも全然いい。
そのちょっとの経験が何と尊いことか。
次に必ず繋がる。
人道に外れないやりたい事はやったらいい。
そしたら死ぬ時に笑える。
コメント