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7月12日
読了時間: 2分

私、野村。今までほぼほぼ運だけで生きてきたように思えます。


「俺ってついてるぜ!」の連続で生きてきました。


否、生かされてきました。



何でも、一番最初に訪れる機会というのは「運」なんだと思うんです。

努力では呼び寄せられない。ある日突然、目の前に現れる。


その瞬間に掴めるかどうか。

掴んだあとに育てられるかどうか。

そこからは自分の仕事です。



想像してみてください。

機会ってのを神様とかがポンポン投げてきてるものだとしましょうか。


しかも、そのほとんどは目には見えません。



何も気づかずスルー。

得体が知れないから触らない。

自分に拾い上げる自信がないからそっとしておく。

面倒だから拾わない。


こんな感じでポンポンいろんなところに落ちているのでしょう。




何かを大成した人の話を聞くと、不思議とみんな同じことを言います。



「運です。」

"自分の力だけじゃありません。"

才能の話でも、努力の話でもない。


一番最初のきっかけだけは、自分では作れなかったと知っているからなんだと思います。




『なんだそれ。たまたまラッキーなことがあったら、あとから"運"なんて名前を付けてるだけだろ。』

若い時分、私もそんな風に斜に捉えていた時もありました。

ピサの斜塔も真っ青です。




え?野村ごときが何偉そうな事を言ってんだ?

すんません。俺は何にも事を成したことがないような気もします。


ただ生きてこれました。

もうめちゃくちゃそれだけで成功者なんですよ。


家族や親族や友人や支えてくれる皆さんのおかげも多分にございます。

そして運です。まじで。



「マジ、ついてねぇな。」と毎日ぼやいている人と

「マジついてる。超ラッキー。」と毎日感謝している人


さぁ幸運の女神はどちらに微笑むでしょうか。




いじけた人間にうっとりするのか、頑張るポジティブ野郎にうっとりするのか。




笑いましょうか。人生は案外、そこからだ。








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