top of page

ミッフィーからのメッセージ

  • 5 日前
  • 読了時間: 3分


この間の雑談配信で「ルッキズムについてどう思うか」という問いかけがございました。


私の答えは

『自分は見た目でも全然判断します』

と云う答えでした。


あまり深く考えたことがないので自分なりに分析してみたんですよね。





例えばあのクソカワのミッフィーを想像してみよう。







うん。かわいい。



二頭身に口がバッテン。そしてあの何も考えてなさそうな目。服もかわいい。オレンジ、黄色、青、原色系の色彩でおしゃれだし何より媚びてない。


近年よく眼にする可愛いキャラたちとは違い

「ほらほら、ごらんよ。かわいいだろう?みんなときめきなさい?」という魂胆が見えない。


シンプル、潔い、そして「静」がジャズの様に全体を紡いでいる。


正直俺はあいつの性格なんか全然わからん。


飲みに行ったこともなければ、一緒にバイトしていたわけでもない。


それなのに、悪いやつな訳がないと思ってしまう。

ダンゴムシに蝋燭のロウを垂らすこともなければ、家に出た蟻をプチプチ潰すこともないだろう。


盗みもしない。恐喝もしない。

ましてや殺人教唆などするはずがない。


「太一さん、ミッフィーの野郎、この間ポメラニアンに唾かけてましたよ」とかそんな情報も未来永劫入ってこないだろう。





なぜそう思うのか。


根拠は何一つない。


ただ一つあるとすれば、


あいつが「かわいい」からという理由に他ならないんですよ。



我々はルッキズムを否定したがる。


人は見た目じゃない!

見た目で判断するのは良くない!


そんな教育を受け、そんな風潮の中で暮らしてきたもんだからノリだけで


「ソウダソウダ! ヨクナイヨクナイ!」


って言ってるイメージある。


ただ実際は滅茶苦茶見た目で判断しているのにね。




俺はそれが気持ち悪くてしょうがないんだよ。




無精髭で髪ボサボサで虚な目をして歯がない人を見てさ、

(あら、この人、フランス料理のシェフ長やってるひとかしら?)

なんて思わないだろ?



第一の入り口は見た目だ。


ここでいうのは造形がいいとかじゃない。


【人相】の事なんだよ。


そこにはどんな人生を送り、何を見て、何を考えてきたのかが詰まっている。


喋り方や表情や所作、それらがその後に次いで重要になる。その次は身だしなみや清潔感など。



俺らの世界には時間がある。

それらが複雑に絡み合って人間関係が出来ていくわけ。


その場で「さよなら!」なのか「これからよろしく!」なのかはそこいらで実は決まっているんじゃなかろうか。



もちろん見た目だけで人間の全てが決まるとは思わない。



ミッフィーだって本当は裏でポメラニアンに唾を吐いているかもしれん。


逆に無精髭で髪はボサボサ、歯も無くて虚ろな目をした男が、地域の子供たちから慕われる立派な人物かもしれない




そんなことは当たり前だ。


だがそれは、


「見た目で判断しない」


という話ではない。


「見た目で判断した後、時間をかけて修正していく」


という話だ。


人間は見た目で判断する。


表情で判断する。


声で判断する。


仕草で判断する。


そうやって仮説を立てながら相手を理解していく。


にもかかわらず、


「私は見た目で判断しません」


という建前だけが独り歩きしている。


俺が気持ち悪いと思うのはルッキズムそのものではない。


人間の性質を知りながら、それを無かったことにしようとする態度の方だ。



聖人ぶってるとね、後で修正が大変なんだよ。






画像出典:ミッフィー公式サイト



最新記事

すべて表示
貰い慣れ

与えられて当然。 優しくされて当然。 配慮されて当然。 なんて思って生きてる節ありません? しかし、だ。 そのわがままの裏では、 誰かの時間、労力、我慢、気遣い、金、 色んなものが静かに消費されている事を忘れちゃいかんと思うわけですよ。 規模がデカいこと言わせてもらうと、 人は受け取る事に慣れると、 それを「当たり前」だと錯覚し始める。 そして、与えられなくなると怒り出す。 嗚呼、なんと未熟なこと

 
 
 

コメント


bottom of page