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イマジンしてみろよ、そこのお前

1 日前
読了時間: 5分

更新日:14 時間前


差別。よくない。

みんな言う。良くない。

サベツ、ヨクナイ。ミンナイウシ、ヨクナイ。



さぁ、想像してごらん?


差別のない、誰もが平等に扱われる素晴らしい世界をさ。


企業は学歴や能力で人を選ばないんだ。経験豊富な人も未経験者も、等しく扱われるのさ。実に公平じゃないか。


大学も成績で合否を決めないのさ。勉強した人だけを優遇するなんて、努力できなかった人への差別。無くそうよ。


スポーツもそう。

足の速い人ばかりを代表に選ぶのは、足の遅い人に対する差別だ。許せない。


オリンピックは差別の祭典だから見てはいけないよ?



恋愛する時はさ、

容姿で選んじゃだめだよ。年齢でも性格でも選ぶのは良くない。収入で選ぶのもだめ。


恋愛は先着順だよ?


先に告白した者だけが、その相手を手に入れられるのさ。


家の前にテントを張ってさ何日も待ち伏せした者の勝利なんだよ。


容姿も性格も関係ない。必要なのは忍耐力とキャンプ用品。


君の恋の整理券番号は1番だ。どうぞお入りください。

コングラッチュレーション。





そして、給料も全員同じにしよう。


能力や成果によって差をつけるなど、もってのほか。


社長も新入社員も同じ給料。責任の重さなど関係ない。人間の価値は平等なのだから。


さあ、完成したぞ。


誰も差別されない代わりに、誰も自由に選べない世界だ。




楽しんでるかい?






よし、真面目な話をしよう。


人間は、誰かを選ばずには生きられない。


能力、経験、年齢、容姿、性格、価値観。


私たちはあらゆる違いを比較したり選択しながら生きている。


そして、誰かが選ばれるということは、誰かが選ばれないということでもある。


それは残酷なことなのだろうか。


当然んなこたぁない。


人間は皆、違うのだから。



そもそも、人間から偏見を完全になくすことなど不可能だ。



人は経験から学び、過去の出来事から未来を予測する。これは当たり前だ。



企業が不祥事を起こせば、そこで働く社員まで疑いの目で見られることがある。


ある集団の一部が問題を起こせば、何もしていない同じ集団の人間まで、その評判を背負わされることがある。


理不尽なことだが、

現実に起こる。



我々は皆、知らないうちに何かしらの看板を背負って生きている。同族、同種のカルマみてーなもんを背負っちゃってんだよ。


自分が選んだわけでもない集団の評判が、ある日突然、自分の評価に影響する。


それを覆すために、自ら努力しなければならないこともある。


もちろん、偏見を持つ側にも、自分の判断を疑う姿勢は必要だ。


けどね、現実に存在する偏見を、存在しないことにはできない。


差別は悪い。


誰もがそう言う。



だが、差別という言葉を使うだけで、何が悪いのかを考えなくなってないすか?




「それは差別ではなく、合理的な区別です」


なんじゃそれ。



じゃあ差別と区別を分ける基準はなんなのかい。


辞書を引いてみた。


区別:違いによって分けること。

差別:区別の中でも、正当な理由なく不当に扱うこと。


ほう。じゃあ「正当な理由」って誰が決めんの?


ちなみに百科事典にはこうある。

差別の定義は人によってまちまちで、法律の世界ですら差別と区別はきちんと使い分けられていない、と。


プロでも分けられてねーんだよ。

こんだけみんな差別差別言ってるのに、肝心の定義がバラバラ。


都合のいい差別→「区別」

都合の悪い区別→「差別」


って呼んでいるだけじゃない?


俺の定義はこうだ。


差別も区別も、同じもの。

分ける基準なんてない。


あるのは、いい差別と、仕方のない差別と、悪い差別。






差別をなくせ!


差別を許すな!


そう叫ぶことは簡単だ。



何しろ、そのカード出せば議論に勝った気分になれるのだから。チート行為に等しい。




差別根絶に熱心ならば差別のない世界を想像したことがあるはずだろ?


野村シミュレーションを行ったところ、冒頭のようになったんだよ。





差別のない世界など望まない。


なぜなら、人間は違うからだ。


能力も、経験も、容姿も、思想も、価値観も。


その違いを認め、比較し、選択することもまた、人間の自由。





じゃあ、どんな差別ならいいのか。


足の速い奴を代表に選ぶ。

これはいい差別だ。能力で選んでるんだから。


不祥事を起こした会社の社員を、つい疑いの目で見てしまう。

これは仕方のない差別だ。

人間は経験から学んで、予測しながら生きてんだから。


じゃあ悪い差別ってなんだ。


目の前の人間を見ずに決めつけて、不当に扱うこと。


これだよ。


疑うのはいい。

決めつけるのがダメなんだ。


偏見を持つのは仕方ない。

けど、自分の判断を疑うことをやめちゃいけない。


で、これは向けられる側にも言える。


偏見を向けられるのは仕方ない。

選んだ覚えのない看板を背負わされることもある。

それは自分の行動で覆していくしかない。


けど、決めつけられて不当に扱われたなら、

それはもう相手が悪い。

胸張って怒っていい。





だから私は、こう考える。刮目せよ。



差別をなくすことを目指すのではなく、

差別の善悪を見極めることこそが重要なんだよ。


レッテルを貼られた者を、実際にその目で見て、

きちんと己で判断する。


それだけだ。


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