イエロースタッズ結成当初の話 2
どこまで話したかね、
そうだ。元ドラム木村の話からだね。では続けましょう。
その当時のモンテローザグループ(白木屋、魚民、笑笑など、以下モンテ)はとにかくたくさん働けたんですよ。
役者、映画監督、お笑い芸人、バンドマン、司法書士、舞台監督、人生の再出発、、、
とにかく夢を持った香高い人間が多かったんです。
その中に一人木村コウヘイという人間がいました。えげつない関西弁。そしてすげぇ血気盛ん。
ホールを支配するベース植田、役者Nに次ぐ3トップの人間でした。
ドリンカーというポジションがあり、彼はそこの覇者みたいな立ち位置でした。
バイトリーダーのベース植田「こうへい、今日もドリンカーやけどいい?」
元ドラム木村「またですか!?嘘嘘!そのつもりですよ!植田さん!」
みたいな関西人らしい上の句はジョークという受け答えをしていたのを覚えています。
よく毎回そんなユーモアを用意してんな、こいつ。と思っていました。
そしてそんなドラム木村は俺の一つ年下。その当時は若い時分ではございましたのでこの一歳違うだけでだいぶ違う感じになるんです。
彼とはよくケンカをしました。お互いすごいライバル視していました。
最初はうるせぇ生意気な小僧だ、と毎日思っていたのを覚えています。
ドラム木村「俺な、スカバンドやっているんやで。ドラムや。ホームページ見るか?」
俺「ああ、うん。見して。ふーん。」
きっと木村は俺に自分の力を誇示したかったのでしょう。
しかし私は全然興味ないよ?そんなの。うらやましくなんてないんだから。
みたいな空気を全力で出していました。
実際は(え、すごい。バンドやってて、ホームページまであるの?年下のくせに?きぃ。)
みたいに思っていました。
だってその当時にホームページがあるだなんてすごいことだったんですよ。
魔法のアイランドという無料のサイト作成ツールがあるんですがHTMLを勉強しないと作れない仕様でした。
そして当時これやってたら超おしゃれ、みたいなのがスカというジャンルでした。
テンションの高い時、木村はよくスカダンスをこれみよがしに踊っていました。
まぁそんなこんなでまとめますと。
バイトして二年後にイエスタを結成、サイモン蒸発、そして木村が加入
そして木村を先頭に色々なライブやらなにやらをこなしていきました。
当時のYellow Studsは彼がいなかったら存在しえませんでした。
なんかここまで悪口みたいになっちゃったけど彼は人間らしい、弱さを隠しもった、それでいて強い、正直な人間ということを前もって言っておきたい。
新宿クラブドクターでチンピラみたいな恰好して、彼がリーゼントをしてタバコを吸っていた光景が思い出されます。
想い出が三ツ矢サイダーの泡並みに浮かんでは消える感じですができる限り要約して書きました。
おそらくこれが2003年から2008年くらいの出来事です。
ではまた気が向いたら書きます。
1枚目 木村
2枚目 奥平
3枚目 植田
4枚目 太一








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